10月20日収録 11月17日(日)放送 11月22日(金)再放送

秋吉敏子ピアノトリオ

秋吉敏子p 鈴木チン良雄b 村上 寛ds

演奏曲目:
M1.Long Yellow Road        秋吉敏子・作曲
M2.Remember Bud         秋吉敏子・作曲
M3.Autumn Sea           秋吉敏子・作曲
M4.Travelin'            ジョン・ルイス作曲
M5.Lady Liberty          秋吉敏子・作曲
M6.Hope              秋吉敏子・作曲
M7.Autumn Leaves        ジョセフ・コスマ作曲

 
秋吉敏子p
 1929年12月12日旧満州の遼陽生まれ。敗戦により日本に引き揚げ、47年より九州の駐留軍クラブでジャズ演奏を開始。49年に上京し51年に渡辺貞夫を加え、コージー・カルテットを結成。53年11日のJATPの来日時に、その卓越したピアノをオスカー・ピーターソンに認められ、ノーマン・グランツの手で初録音を果たしアメリカのジャズ・シーンに紹介される。56年1月バークリー音楽院に奨学生として留学。56年、57年とニューポート・ジャズ・フェスにも出演、一躍注目の存在となった。59年には、マンデイの父チャーリー・マリアーノ(alt sax)と結婚。以後チャーリー・マリアーノ(サックス奏者、前夫)、チャールス・ミンガス、ルー・タバキン(サックス奏者、現夫)らと活動。73年にトシコ〜タバキン・ビッグ・バンドを結成。このバンドは、数々の名演/名盤を世に残し、不動の人気と地位を獲得していった。とくに74年発表の『孤軍』、76年の『インサイツ』などは、モダン・ジャズの金字塔として世界中で愛聴されている。
99年『国際ジャズ名声の殿堂(International Jazz Hall of Fame)』入り。
現在もアメリカを拠点に活動中。ピアニスト、バンド・リーダー、作編曲家として世界的評価を受けるに至っているジャズ・アーティスト。

 
鈴木チン良雄b 
1946年3月21日長野県木曽福島に生まれる。早稲田大学在学中、モダンジャズ研究会に入りピアノを担当。卒業後プロ入り。渡辺貞夫に師事し、彼の勧めもありベーシストに転向。69〜73年の間、渡辺貞夫グループ、菊地雅章グループで活躍。
73年渡米し、74年スタン・ゲッツのグループ、75〜76年はアート・ブレーキー&ジャズ・メッセンジャーのレギュラーメンバーとして活躍。76〜80年ビル・ハードマン&ジュニア・クックのグループに参加。また、デイブ・リーブマンを擁した自己のグループでもニューヨークを中心に活動。このほかソニー・ロリンズ、リー・コニッツ、チェット・ベ−カ−等とも共演。同時にクラシック作曲法のレッスンを受け、ジャズのフィーリング、クラシックの素養、日本人としての感性をミックスさせた独自の音楽世界を築く。85年帰国後、自己のグループ“MATSURI”を結成し再び日本を舞台に活動を開始する。93年新たなグループ“EAST BOUNCE”を結成、同グル−プ初アルバム「KISSES ON THE WIND」、95年に「COMMING BACK TO AMERICA」を、リリ−ス。
95年からニューヨークのFM局で「KISSES ON THE WIND」が頻繁に ON AIRされたことで、95年4月に「BEST OF EAST BOUNCE」が全米でリリースされている。2001年には、アメリカ在住のギタリスト森士郎とのデュオアルバム「VA DA DU?」をリリース。現在、“BASS TALK”を結成。新たな音世界に挑戦している。
鈴木良雄さん公式サイト
http://www.impr.com/chin/

 
村上 寛ds
1967年成城大学在学中に本田竹廣トリオで若干19才でデビュ−。1973年 菊池雅章クインテットに参加。その間、マル・ウオルドロン、ジョ−・ヘンダ−ソン、 山本邦山など内外のミュ−ジシャンとアルバムを発表。1975年2年間の渡米生 活後、渡辺貞夫全国ツア−のため帰国。その後、峰厚介、本田竹廣のグル−プに参加。 1978年、本田・峰と日本のフュ−ジョンの先駆けとなるネイティブ・サンを結 成。「ネイティブ・サン」「サバンナ・ホット・ライン」等、5枚のアルバムをリリ−ス。 1981年、同グル−プ退団後は、主流派ジャズ・ドラマ−として自己のバンドを はじめ、渡辺貞夫・日野皓正・辛島文雄等と多彩なセッション活動を展開。またフォ −・サウンズ、EASEといったグル−プでも演奏活動をしており、そのリズムはフ ァン、ミュ−ジシャン共々絶大な信頼を受けている。1994年インドのジャズ・フェスティバル「JAZZ YATORA」に自己の グル−プで出演し、好評を博した。


 今、秋吉さんの回の放送を聴きながら 小川です。そうでした。この時は、突然「北朝鮮の拉致の問題が、、」と秋吉さん おっしゃるものですから、どっきりびっくり ジャズの番組なのに、こんなナーバスな話題をどうしよう、、と不安な気持ちも 一瞬頭をよぎりましたが、そこは やはり秋吉さんならではの クレバーな切り口。彼女の敬愛すべき 人となりが 短いインタビューの間にも伝わったのではと思います。
 ご本人がふれていたように、来年の1月31日、2月1日の2日間、リンカーンセンターでソロのコンサートをなさいます。厳寒の時期のニューヨークですが、孤軍奮闘 闘う女の秋吉さんの勇姿を観に 一緒にニューヨークに行きません?


スタジオにいらっしゃったかたの感想:
秋吉敏子ピアノトリオ 冬ちゃんさん  投稿日:10月24日(木)18時49分44秒
秋吉敏子ピアノトリオの収録に参加しました。秋吉敏子さんのピアノと鈴木良雄さんのベースと村上寛さんのドラムの掛合いが見事で、ロング・イエロー・ロードから始まりあっという間の一時間でした。特に、鈴木良雄さんのベースソロの時に、鈴木良雄さんの顔を見て頷いておられた秋吉敏子さんの姿が印象的でした。昨年7月の秋吉敏子ジャズオーケストラ・フィーチャリング・ルー・タバキンの演奏の時には、秋吉敏子さんは指揮に忙しく、あまりピアノ演奏されませんでしたが、今回はたっぷりと聞くことができ、さすが世界の秋吉敏子さんと、うっとりさせられたれ秋の夕方でした。

放送を聴かれたかたの感想:
秋吉さん素晴らしかった 投稿者:某アルト吹きさん 投稿日:11月19日(火)20時56分12秒
秋吉さんのトリオの演奏をオンエアで聞きました。
一曲目のロング・イエロー・ロードから泣きそうになりました。
殆どのオリジナル曲が日本のよい部分を表現しているように感じましたし、演奏を聴きながら日本を、また人を大切にしようという気持ちになりました。
同時多発テロや拉致問題のことにも触れられていましたが、当然だと思います。
50年代の黒人たちも人種問題で戦っていました。
同じことのような気がします。
ところでそんなハードな話題を上手く流れに乗せたもこさん、立派でしたよ。