2004年11月21日(日)収録 12月19日(日)放送24日(金)再放送

WESS ANDERSON(sax) meets NORI SHIOTA
ウェス・アンダーソン・ミーツ 塩田哲嗣

ウエス・アンダーソンas 塩田ノリヒデb 大坂昌彦ds 吉岡秀晃p
通訳:なめきなほみ
   
ウィントン・マルサリス率いるリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラで活躍するウエス・アンダーソンと ニューヨークで活動を続けるベーシスト・塩田ノリヒデ。今回ツアーで来日する2人をフィーチャーしての セッション

演奏曲目:
TM.CJam Blues             (D.ELLINGTON)
M1.KO KO                (C.PARKER)
M2.TAKE5               ( P.DESMOND)
M3.AFTER THE RAIN/BLUES FOR NIIGATA (J.COLTRANE/WESS ANDERSON)
M4.TIME                (NORI SHIOTA)
M5.NORI'S BASS STORY          (WESS ANDERSON)
M6.S.K.J.                 (MILT JACKSON)

 
ウェス・アンダーソン (サックス)
14歳からサックスを吹き始めた。ハーレム・ジャズ・モービル・ワークショップに入り、フランク・ウェス、フランク・フォスター、チャールズ・デイビスに師事。またソニー・スティットが当時ブルー・コロネットで展開していたジャム・セッションに度々参加する。ついでサザン大学に進み、クラリネットのアルヴィン・バティストの指導を受ける。大学入学前にマルサリス兄弟に出会う。 '88年W.マルサリス・セプテットに加わり、7年間ツアーとレコーディングで活躍し、'92年、JCJO(ジャズリンカーンセンター)がツアーを開始してからは、同オーケストラのメンバーとなっている。リーダーアルバムとして、『ウォームダディ・イン・ザ・ガーデン・オブ・スウィング('94)』、『ザ・ウェイ・オブ・ウォームダディ('96)』、『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード('98)』と3枚をリリース。又、J@LC教育計画のイベントに熱心に参加する他ジュリアード音楽院ジャズコースで教鞭をとっている。


吉岡秀晃 (ピアノ)
1960.2.1 宮崎県延岡市出身。8歳の時にピアノとバイオリンに出会う。高校在学中,キース・エマーソンに魅せられ、プログレッシブロックの洗礼を受けると同時にジャズに興味を抱く
1979 来日したレッド・ガ-ランドトリオのジャミル・ナッサ-、ジミ-・コブと共演しレッド.ガ-ランドに絶賛される
1981 21歳の時プロを目指し上京
1990 初リ-ダ-作 「here we go」を発表
1991 セカンドアルバム「anytime anyway」を発表。スイングジャ-ナル選定ゴールドディスクを邦人ジャズメンの新録音作品としては史上初の獲得という快挙を成し遂げる 1992 日野元彦(ds)坂井紅介(b)による最強のリズム陣と共にサ-ドアルバム「always」を発表
1994 初めてのソロ作品集「strong man」を発表
1994.10 メキシコで開催された国際親善ジャズフェスティバルに出演
1996.2 ロサンゼルスで開催されたインタ-ナショナルジャズパ-ティでアンドリュ-・シンプキンス、ル-タバキン、シャ-マン・ファガ-ソン、ジェフ・ハミルトン他多数と共演,親交を深める
1999.8 待望のライブアルバム「doin' it right」を発表
2000.2 インタ-ナショナルジャズパーティーに出演。ロサンゼルスタイムズでは『日本が生んだファンキ-ジャズの達人』として評価確定。
ロサンゼルスタイムズ評『最高にスイングするソロ演奏を見せた一人は、ベ−スの小林真人とドラムの八城邦義を伴った
リズム.セクションをしっかり掌握したピアノの吉岡秀晃で、特に♪サボイでストンプ♪の 明るいコ-ラス部において最高潮となった。』 
2000.5 NYのルデイ.バンゲルダ-スタジオでジャミル・ナッサ-(b)ジミ-・コブ(ds)との共演でトリオの初の海外レコ-ディング
2000.7「Moment To Moment」をヴィ-ナスレコ-ドより発表
ニュ-ヨ-クタイムス評『Mr.吉岡のピアノは、ニューヨークの裏町をくぐりぬける木枯らしの音に似て、聞く者の心の中に都市の官能をひきおこす。』
スイングジャ-ナル主催第34回(2000年度)ジャズディスク大賞製作企画賞受賞。
小学校2年生からクラッシック・ピアノを始め、高校卒業後は宮崎のホテル・ラウンジで当時主流だったフュージョンに興味を持ち、モダン・ジャズへの傾倒を深めていく。
22歳の時に九州に来たギタリストの宮之上貴昭に認められて上京。
その後、鈴木勲、宮之上のスモーキンなどに参加し、ピアニストの腕を磨く。83年にはテナーの今津雅仁のグループに参加し3枚の自主制作アルバムをリリースし今津雅仁ともども評価と注目を集めた。89年には今津の「MASATO」でともにメジャーデビュー、90年8月に初リーダー作を発表。以来その驚くべき成長ぶりと、切れ味鋭いハード・バップ的なプレイは多くの評価と人気を得ている。
公式サイト
http://round-h-y.hp.infoseek.co.jp/


 
塩田哲嗣 (ベース)
アートディレクターを志し芸大デザイン科を受験中に、並行して音楽学校へ行く。そこで、E.BASSを渡辺建、コントラバスを井野信義、理論、アンサンブルを 佐藤允彦、板橋文夫、 聴音、和声を新井おう子、山本浩之に師事。また、クラシックのコントラバスは、 立崎えり子、N響の今野京に師事。初めは、E.BASSで活動を始めるが、次第にJAZZに興味を持ち、PIANOの西直樹に見込
まれてJAZZ界入りする。以来、中村誠一、大口純一郎, 椎名豊、井上祐一、原大力らのグループや、池田篤 、今泉正明、大坂昌彦、 岡安芳明、松島啓之、山田 穣らと共演を重ねる。そして、2年にわたりTp.岡崎好朗,Ts.川嶋哲朗、P.井上祐一、Dr.広瀬潤次というメンバーで自己のグループ の活動を行う。また、雑誌『JAZZLIFE』でインタビュアーとして、デイブホランド、チャーリーヘイデン、レジーワークマン、カーラブレイ、ゲイリーピーコック、N.O.ペデルセン、ロンカーターなど数多くの一流JAZZMUSICIANと接する。斉藤ナオキ率いるgroop『EXPRESSION』にも参加。他には、D.J.との交流も深く、U.F.O.やJ.P.VINER、内海イズルらのクラブイヴェントにゲスト参加したり、clubBlueやclubApolloなどでイヴェントプロデュースを手掛ける。その後、1996年に、以前から交流の深かった、ウィントンマルサリスグループのベーシストのレジナルドビールの勧めで、渡米。ニューオリンズで、ウェスアンダーソン(ウィントンマルサリスグループのA.Sax) グループのレギュラーベースプレイヤーをはじめ、ジャミーダベンポート(ハリーコニックJr.e.t.c)アーバンメイフィールド、ジョンブーテ、ジェイソンマルサリスのグループやエリスマルサリス、ニコラスペイトン、マークホウィットフィールド、ヘンリーバトラー、シャノンパウエル、ドナルドハリソン、グレンパッチャ、ピーターマーチンらと共演を果たす。
VISAの都合で帰国後、大坂昌彦、原朋直、松島啓之、山本剛、大口純一郎、椎名豊、中村誠一、多田誠司、大野雄二、太田剣、宇川彩子,峰厚介,土岐英史、TOKU.AKIKO らのグループで活動。また、ClubOJASでのジャムセッションイベントのオーガナイズ、他のジャンルのミュージシャンや本田俊之、渡辺貞夫、菊池雅章、小曽根真、峰厚介らとも共演。そして、若いミュージシャンを集めてワークショップGIGも常に行っている。1999年9月NTVビートたけしの新橋ミュージックホール出演。TOKYO FM 渡辺貞夫 nightly yours出演。N.H.K.FMセッション1999出演。自己のグループや他のグループでN.H.K.FMセッション505出演。他『世にも奇妙な物語り』e.t.c.など多数録音、映画、T.V.ドラマ,ラジオ出演。
2001年にはsaxの多田誠司のリーダーアルバム&バンド「THE MOST」に参加。本多俊之による手塚治虫の映画『メトロポリス』のサントラにも参加する。Dr.の大坂昌彦やvo.の今出宏のアルバムにも参加する他、元ブランキージェットシティーのDr.の中村達也とのセッション『PUNK!?』を成功に収めたり、vo.のruiのコンピレーションに東京スカパラダイスオーケストラのナーゴらと参加&プロデュースするなど、多方面にわたっても活躍している。
2001年9月再渡米。
渡米後、元ハーパーブラザースのウイナードハーパーのsextetや自己のバンドでのbluenote出演などに加え、デュークエリントンbigbandのブラッドリーリーや、マークグロス、ケンヤッタビーズリー、クリスチーク、ジュリアスタランティーノ、エリックルイス、などNYの若手ミュージシャンらと多くのセッションを重ねている。2002アトランタジャズフェスティバル、ビリーヒギンズジャズフェスティバル、MOCA(モダンアートカリフォルニア)でのサマーコンサート、チャーリーパーカージャズフェスティバル、NYジャズモービルetc.多くのジャズフェスティバルにも出演。 2002年8月、10月NYブルーノート自己のバンドでの出演etc.定期的に日本でも自己のグループ及びセッションのために帰国している。6月帰国時はpianoの野本晴美のレコーディングにも参加。 2002年7月には、元東京スカパラダイスオーケストラのVo.のルイのコンピレーションアルバムに自己の曲を提供&プロデュースし、Tp.ナーゴ(東京スカパラダイスオーケストラ)sax.池田篤 guiter.石成正人 drums.江藤良人で録音、参加している。 2003年、元ネビルブラザーズのKeyのSAYAのbluenoteツアーに4月、9月と参加。自己の新Unit”Skfank"を、結成。自己のバンドでのNY bluenote出演など精力的な活動を展開している。
公式サイト
http://norishio.oops.jp/


 
大坂昌彦 (ドラム)
。1966年 9月28日生まれ。10歳でドラムスを始める。
1986年 奨学金を獲得し、バーク リー音大に留学。在学中デルフィーヨ・マルサリスのバンドに在籍し、全米各地のジャズフェスに出演。NY での活動後、1990年帰国。双頭コンボ「大坂昌彦・原朋直クインテット」を結成。その一方で日米混合バンド「ジャズネットワークス」の一員としてスイングジャーナル誌のゴールドディスクを受賞。製作企画賞も受賞し話題を呼ぶ。NHK 総合テレビのドキュメンタリー「旬の人、旬の話」に出演。1998年 NHK教育初のジャズ番組「ジャズの掟」にレギュラー出演をし話題を呼ぶ。リーダー・アルバム3作目の『ウォーキン・ダウン・レキシントン』がスイングジャーナル誌ゴールドディスクを受賞、翌年1月に製作企画賞を受賞。1999年 アンドレ・プレビン指揮NHK交響楽団にゲスト・ソロリストとして出演。その模様はN響アワーで放送される。ダスコ・ゴイコヴィッチ・インターナショナルクインテットの一員として、フランスのカルビ・ジャズ・フェスティバルに出演。4作目のアルバム『クロスフェイド』をリリース。そのメイキング番組を毎日放送が制作。話題となる。クインテット解散後はソロ・プレーヤーとして、様々なセッションに参加。 2000年 にはロン・カーター・カルテットの一員として福岡ブルーノートに出演。2001年 、5作目のアルバム『リボーン』を発表。2001〜2年、the MOST 、Fullnotes、M's等のレギュラーバンドのcd デビューが相次ぐ。2003年5月にはフィル・ウッズのグループでツアー。EQが7月にデビュー。九月にプロデュースcd、azz-oneが発売された。スイングジャーナル誌で9年連続人気投票ドラム部門一位に選出され続けている。現在、M's 、the MOST、EQ、守屋純子orc. 等多くのレギュラー・バンドで活躍中。一方、後進の指導にも力を入れており、洗足学園大学や都内のドラムスクールでの講師を務める。
公式サイト
http://www.masahiko-osaka.com/


 

会場にいらっしゃったかたの感想:
ウェス・アンダーソンさん 投稿者:マイカ☆ さん 投稿日:11月22日(月)19時44分50秒
昨日のコトになってしまいました!すっごく楽しかったです!
もうPP(ピアニッシモ)がすんごくきれいで、他の音もとってもきれいで、感動しました\(◎o◎)/!
アルトサックスでは、一番好きになりました☆とくに一曲目(でしたっけ?)のココがさいこーでした!
今度またやって下さい♪
来週の椎名さんなどが出るやつ、行きます!
そのときもまたまた感動して帰ってきうそうです!
あと、もこさん、これからも、がんばって下さい♪
応援してます!