2月20日収録 FM2月26日放送 増尾 好秋カルテット

増尾 好秋(gt) 野本 晴美(p) 岡田 勉(b) 本田 珠也(dr)

【収録】 平成12年2月20日(日) 17:30〜18:30 CR−505
【放送】 FM:平成12年2月26日(土) 21:00〜22:00
【出演】 増尾 好秋(g) 野本 晴美(p) 岡田 勉(b) 本田 珠也(ds)
【司会】 小川 もこ

オープニング・タイトル・テーマ
TM C Jam Blues

ニューヨーク在住29年の増尾好秋のカルテット。渡辺貞夫さんに見いだされ、エルビン・ジョーンズ、ソニー・ロリンズといった世界を代表するジャズミュージシャン と活動してきた増尾。、プロデューサーとして若手の育成に力を入れてきたが、一昨年末には、自身の最新アルバムをリリース、エネルギッシュな活動を続けてる。

M−1 Small Steps「スモールステップス」(Yoshiaki Masuo)

M−2 E J「イー ジェイ」(Yoshiaki Masuo)尊敬するドラマーエルビン・ジョーンズの頭文字ですが、今回の演奏は昨年亡くなったドラマー日野元彦さんに捧げる演奏

M−3 The Tree「ザ ツリー」(Yoshiaki Masuo)おばさんの家の柿ノ木がモチーフになってます。木っていいよね、普遍的で。そうそう、ペンシルバニアにトコさんの木を植えたそうです。

M−4 Miles Run「マイルス ラン」(Yoshiaki Masuo)

M−5 For the old boys「フォー ジ オールド ボーイズ」(Yoshiaki Masuo)お父様は元気でご存命の頃メンバーだった 平均年齢70才のバンド”オールド・ボーイズ”に捧げた曲。増尾さんのボーカルが聞けます

M−6Are You Happy Now?「アーユーハッピーナウ?」(Yoshiaki Masuo)バンドのテーマ曲。
(オンエアー上はカット。会場にいらっしゃったかただけにプレゼントの一曲)


* リーダー ギター増尾 好秋(ますお よしあき)
増尾好秋プロフィール

1946年10月12日、東京の生まれ。日本の戦前ジャズの草分けでバンドリーダーだったジャズピアニスト増尾博の長男。実弟の元章もギタリストである。中学3年の終わり頃(1962年)に独学でギターを始める。当初はバーニー・ケッセル、ウェス・モンゴメリー、グラント・グリーンを聴いていたという。1965年早稲田大学のモダンジャズ研究会入会時にはすでにプロ級の腕前だった。初めて練習部屋でギターを弾いてみせたとき、そこにいた部員が皆ぶっ飛んだという逸話が残っている。

モダンジャズ研究会在籍中に渡辺貞夫に見いだされ、1968年1月、渡辺貞夫グループのメンバーとして迎えられるという華々しいスタートを飾る。プロ入りと同時に大学は3年で中退。以来、71年まで、人気グループ渡辺貞夫カルテットのレギュラー・メンバーとして大活躍し、同グループでヨーロッパや米国公演も体験。1969年、デビュー・アルバム『バルセロナの風』を発表。スイング・ジャーナル誌人気投票の日本人ギタリスト部門で1970年から連続2年1位に輝く。その後日本を離れてからも数年間は1位の座を獲得。

1971年6月13日、単身アメリカに渡る。以来, 現在に至るまでニューヨークで活動を続けている。日本人ミュージシャン大挙渡米の端緒となった。アメリカでは中村照夫、リー・コニッツ、チック・コリア、エルビン・ジョーンズ(『メリーゴーランド』録音に参加)、ソニー・ロリンズ、ラリー・ヤングなど数々のバンドで演奏。

特に、1973年4月にモダンジャズの巨匠ソニー・ロリンズのバンドに入団したことは、当時の日本ジャズ界の話題になった。このバンドで、まずは3年間演奏。ロリンズのレコーディングに参加し、世界各地での公演や、カーネギー・ホール、リンカー ン・センター、ハリウッド・ボールなどにも出演。Masuoの名が世界に知られることとなる。ヨーロッパ公演では、各地のメディアでMasuoの共演ぶりが絶賛された。

1977年、キングレコードのフュージョン・レーベル Electric Bird の第1弾となるリーダー・アルバム、『セーリング・ワンダー』を録音。このアルバムが1978年5月にリリースされて大ヒット。以後、数年間にわたり優れたフュージョン・アルバムを次々に発表し、新しいファンを獲得。自己のバンドを率いて日本でコンサート・ツアーを行い、アメリカ西海岸もツアー。ニューヨークではライブハウス「ミケルズ」や「セブンス・アベニュー・サウス」にたびたび出演する。

1981年からは、自己のバンドでの活動を続ける一方で、再びソニー・ロリンズのグループで演奏。2度目のロリンズ・グループでも3年間ほど活動し、ロリンズのアルバムにオリジナル曲を提供もする。

このロリンズとの共演の後、ライブ活動を一時休止して、マンハッタンのソーホーにある彼自身のスタジオにこもり、一人でシンセサイザーなどの機器類を使ったサウンド創りを開始する。これをアルバムとして発表する前の1987年頃から、自身のレコーディング・スタジオを使って主にニューヨークの新進ミュージシャンをプロデュースする仕事を開始。そして1989年5月、一人で完成させた自己のアルバム『Masuo』を発表。翌1990年には、岡田勉との『アコースティック・デュオ』 をリリースすると共に、7年ぶりの来日ツアーで全国を回る。

プロデューサーとして、ほぼ10年間にわたって多彩な活動を続けることになるが、思っていた以上に忙しくなってしまったために自己の演奏活動ができないという大きなジレンマに陥っていく。そして、100%ミュージシャンとしての活動に戻ることを決意。ミュージシャン復帰を宣言すべく、全力を注ぎ込んだ自信作『Are You Happy Now』を完成。1998年12月にOMAGATOKIから、そして翌年11月には米国Sunnysideからリリース。

(以上のプロフィールは増尾好秋Webサイトから転記)

 
ドラムス 本田 珠也(ほんだ たまや)
1969年11月25日、東京生まれ。
父親はピアノの本田竹広、母親がチコ本田、叔父が渡辺貞夫という日本ジャズ界のサラブレッド。
小学6年生の時にドラムを始め、以後独学で習得する。
82年、父・本田竹広率いる「ネイティブ・サン」が斑尾ジャズフェスティバル出演の際、村上寛と共にツインドラムで参加したのが初舞台。珠也12才。
血筋の良さから来る天賦の才能、若さ溢れる野性的なプレイ、長身で恵まれたルックス。『我が国初の世界に通用する大型新人ドラマー』と 音楽関係者のファンも多い。
現在は自己のリーダーバンド「PLANET X」の他、本田竹広トリオ、辛島文雄トリオ、今村祐司グループのレギュラーはじめ、大西順子、五十嵐一生、渡辺香津美、向井滋春、山口真文、ケイ赤城、峰厚介、菊池雅章らのセッションに参加、世代を越えて多くのミュージッシャンから厚い信頼を得ている。

 
* ベース 岡田 勉(おかだ つとむ)
1948年12月23日愛知県生まれ。上智大学2年の時、ジャズバンドに参加。大学中退と 前後してギターからベースに転向。大森明 のグループに参加しピットインなどに出演しはじめる。
主な参加グループとして大森明グループ、 大友義雄グループ日野元彦トリオ、日野皓正グループなど。その後、渡米しニューヨークで過ごす。帰国後、渡辺貞男グループ、山本剛トリオなどに参加。現在、峰厚介クインテットの他、山本剛など数々のセッションで活躍中。

 
*  ピアノ 野本 晴美 (のもと はるみ)
埼玉県出身。4才からピアノを始め、ヤマハ音楽教室に通う。東京芸大作曲学科在学中よりジャズを聴き始め、ジャムセッションでプレイを身につける。
現在は都内のライブハウスを中心に活動。鈴木ウータン、山口真文、大坂昌彦、大友義男、池田 篤など沢山のセッションに参加。

一言:1971年、ふらっと1年ばかりと思って行ったニューヨークに在住となって早 29年。。。日本人ジャズギタリストとして初の大成功をおさめた増尾さんです。
プロデュース業がメインになっていた時期から またこの2〜3年、ジャズギタリストとしての活動に重きを置くようになりました。マンハッタンとちょっと郊外のペンシルバニアと半々のニューヨークでの生活を楽しんでいるとのこと。自然体で音楽に向き合う様子を、言葉を飾ることなく淡々と語ってくれました。
ニューヨーク、私も住みたい、、と溜息をつくと、いつでもいらっしゃい、力になれることがあったら言ってね、、と笑ってくれました。これからどう活動されるのか問うと、ハンフリー・ボガードのように「そんな先のことはわからないよ」とまた笑顔。かっこいいなぁ。
3月半ばまで 日本全国各地でライブが続きます。どうぞ生で 演奏と意外に甘い声の魅惑のボーカル、楽しませてもらいましょう。

スタジオにいらっしゃった皆さんからはセッション505の掲示板のほうに、続々と感想が届いています。バックをサポートしたドラムの本田珠ちゃんやピアノの野本晴美さんの素晴らしさに触れている方、多いですね。日本の若手も頼もしいかぎりです。

増尾好秋さんのホームページ
(詳しい情報が満載です!)