3月2日収録 4月6日(日)放送 4月11日(金)再放送
原 信夫 と シャープス&フラッツ
ts, conductor, leader 原 信夫
rhythm section 鷹野 潔p 店網(たなあみ)邦雄b 稲垣貴庸(よしのぶ)ds 岩見淳三g
tp section マイク・プライス 森川周三 木幡光邦 菊池成浩
tb section 佐藤俊次(しゅんじ) 谷山忠男 片岡雄三 堂本雅樹btb
lead section 佐藤達哉ts 猪目(いのめ)慎一as 大山日出男as 森川信幸bs


原信夫とシャープス&フラッツ
結成50周年を迎えるビッグ・バンド「原信夫とシャープス&フラッツ」の歴史は、 そのまま戦後の日本におけるポピュラー音楽の歴史そのもの。
1951年に、原信夫が10人編成でスタートさせた「シャープス&フラッツ」は、 やがて17人編成のビッグ・バンド・スタイルを取り入れ、コンサート・バンドとも言うべき
「デューク・エリントン」「カウント・ベイシー」などの本場のトップ・クラスバンドを 射程におさめた音楽活動を繰り広げていく。またその一方で、国民的スターであった美空ひばりと出会い、
原信夫作曲による「真っ赤な太陽」が大ヒットするなど、全国的な規模で幅広い音楽ファンに受け入れられるようにもなった。1959年にはNHK交響楽団と共演、1964年には小澤征爾指揮日本フィルハーモニー管弦楽団と共演。
1967年には、「アメリカ・ニューポート・ジャズ・フェスティバル」に出演し成功を収め、 その後、アメリカ・ソビエト・ヨーロッパ・アジアの各国から招待され公演を行った。クインシー・ジョーンズ、
サミー・デイヴィスJr、ダイアナ・ロス、イブ・モンタン、パット・ブーン、トニー・ベネットなど、 国際級の大スター達との共演も数多く、日本の音楽界への貢献だけでなく、
世界の「シャープス&フラッツ」としてその実力をアピールしつつ今日を迎えている。
また芸術祭優秀賞、南里文雄賞、紫綬褒章ほか数々の賞を受賞し、名実ともに日本を代表する世界的ビッグバンドである。
ここ数年音楽活動の一貫として、中・高等学校芸術鑑賞会にも出演している 。
演奏曲目:
TM C Jam Blues(デューク・エリントン)
木幡光邦mute tp
M1 Humpty Dumpty(原 信夫)
木幡光邦tp〜佐藤達哉ts
M2 It Don't Mean A Thing If It Ain't Got That Swing
スイングしなけりゃ意味ないね(デューク・エリントン)
マイク・プライスtp〜岩見淳三g〜片岡雄三tb
M3 Artistry In Rhythm(スタン・ケントン)
猪目慎一as〜岩見淳三g〜片岡雄三tb〜木幡光邦tp
M4 Woodchopper's Ball(ウディ・ハーマン)
鷹野 潔p〜佐藤俊次tb〜木幡光邦tp〜岩見淳三g〜佐藤達哉ts〜大山日出男as
M5 Jumping At The Woodside(カウント・ベイシー)
大山日出男as〜マイク・プライスtp〜岩見淳三g〜佐藤達哉ts
M6 古都 -KOTO-(原 信夫)
猪目慎一ss〜佐藤達哉ts
M7 梅ヶ枝之手水鉢(日本の俗謡)
佐藤達哉ts〜大山日出男as〜稲垣貴庸ds
M8 Blues East(ベニー・ゴルソン)
鷹野 潔p〜岩見淳三g〜大山日出男as〜片岡雄三tb〜佐藤達哉ts〜マイク・プライスtp〜稲垣貴庸ds〜菊池成浩highnote-tp
アンコール:
1.Blues Flame(レオ・コーディ、ジョー・ビショップ)〜バンドのテーマ曲
2.林檎の木の下で
3.スワニー

リーダー 原信夫プロフィール
1926年(大正15年)11月、富山市生まれ。名門ビッグバンド「原信夫とシャープ&フラッツ 」のリーダー。
海軍軍楽隊に入隊し、音楽の基礎とサキソフォンを習得。1951年弱冠25歳にして初めてオーナー・リーダーのジャズ・オー ケストラ「原信夫とシャープ&フラッツ」を結成、以後常に斬新な試みに挑戦し
、多彩な演奏活動を繰り広げ日本のビッグバンドジャズ界をリードし第一線で活 躍している。
また、経営の難しい、そしてまとめることの難しいオーケストラを40余年間に わたって常にトップクラスの楽団として維持、我が国の音楽文化の発展に寄与し
ている。 原信夫は音づくりの名人とも言われ、彼の人間性、そのままでヒューマンなメ ロディと重厚なハーモニーは歯切れの良いリズムと相まって、ジャズファンの心
を魅了している。
南里文雄賞等、数々の受賞歴に輝いているが、1988年紫綬褒賞を受け、永年日 本の音楽文化に対する貢献が高く評価された。
日本が世界に誇るビッグバンド「原信夫とシャープ&フラッツ」 はアメリカのスイング・ジャズからモダンジャズへの移行を俊敏な 感覚 でキャッチしダンスバンドではないコンサートバンドへと移っていった。ア メリカ の4大ビッグバンド、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、ウデ ィ・ハー マン、スタン・ケントン楽団を目標に活動を行い、全国の幅広い音楽フ ァンに受け 入れられている。1967年のアメリカ・ニューボート・ジャズ・フェスティバル出演を筆頭に世 界各 国のジャズフェスティバル、海外公演を精力的に行っている。 世界のシャープ&フラッツとしてクインシー・ジョーンズ、故サミー・デイ ヴィス Jr.、イブ・モンタン、ペリー・コモ、等世界のトップアーティストから 名指しさ れ、数多く共演している。


tp section マイク・プライス 森川周三 木幡光邦 菊池成浩
tb section 佐藤俊次(しゅんじ) 谷山忠男 片岡雄三 堂本雅樹btb
lead section 佐藤達哉ts 猪目(いのめ)慎一as 大山日出男as 森川信幸bs

マイク・プライスtp 佐藤達哉ts
店網邦雄b 岩見淳三g 稲垣貴庸ds

原信夫 シャープスアンドフラッツ結成まで
1926 塚原信夫,11月19日 富山市・岩瀬町に生まれる。
(大15)
1938 近所で親類が映画館を経営していたことあって音楽好きであった。
(昭13) 小学校5年生の時,ブラスバンド部へ入る。トランペットを吹いていた。
中学校入学,吹奏楽部でトランペット以外にもテナーサックスを覚える。
1943 海軍軍楽隊入団。(横浜・海兵団) 憧れていたアルトサックスを吹く。
(昭18) 同期生に尾田悟(ts),深見俊次(as),4年先輩に宮間利之(as),
1年後輩に海老原啓一郎(as)がいる。3カ月の新兵訓練,1年の乙種練習生を経験
1944 夏,連合艦隊司令部付きに配属。巡洋艦・大淀に乗船(木更津に停泊)
(昭19)
1945 連合艦隊司令部,横須賀へ移動。夏,終戦。富山へ帰郷。
(昭20)
1946 春,軍楽隊の友人からの便りで上京。
(昭21) 帝国劇場の専属オーケストラ「東宝交響楽団」(指揮:近藤秀麿)の入団試験を受ける。
試験後,帝国劇場の玄関で軍楽隊の別の友人に偶然会い,これからはジャズだと言われ,横須賀のキャバレーバンドに入る。
(ジャズ人生の始まり,最初に演奏した曲は<イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン>で譜割りが全然わからずあっとい
う間に終わってしまった。)まもなくテナーサックスに転向。米軍クラブ(EMクラブ)にも出演。
1948 軍楽隊の先輩,深見善次のバンド「スター・ライト」入団。横浜・キャバレー「オリンピック」に出演
(昭23)
深見バンドのピアニスト・佐藤愛子さんと結婚。(10月 新婚旅行は地方への演奏巡業)
1950 「ムーンライト楽団」に入団。(横浜・キャバレー「オリンピック」に出演)立川,横田,朝霞等にあった米軍キャンプに出演。
(昭25)
会場にいらっしゃったかたの感想:
原 信夫とシャープ&フラッツ 投稿者:冬ちゃん 投稿日: 3月 3日(月)19時27分05秒
原 信夫とシャープ&フラッツの収録に参加しました。
昨年の宮間利之とニューハード以来の日本のレギュラー・ビックバンドの演奏で、76才でテナーサックスを吹きながらの指揮は、凄いの一言につきました。ベテランと若い人の息もピッタリ合っており、日本情緒あふれる曲もあり、あっという間の1時間でした。本当に、老若男女が楽しめるジャズとはこういうものだという印象を受けました。
また、ライヴ収録での楽しみは、小川もこさんの収録前の会話とアンコール演奏にあると言っても過言ではありません。立山か満寿泉のどちらがおいしいかとか、ほたるイカ漁が解禁されたとの話を聞いて日本酒党の私としては、涎がでてき、また、アンコール曲を二曲も聞くことができ、本当に得をしたという1日でした。
春のアンコール特集で是非、アンコール曲のリンゴの木の下でかスワニーをお願いします。本放送の前にアンコール曲を流せば、きっと本放送を聞く人が増えるのではないかと思います。
Subject: INF Date: Tue, 4 Mar 2003 15:20:26 +0900 てるきさん
3月2日の505スタジオ、初めて参加させていただきました。
いつもNHK FM放送では楽しく拝聴させていただいております。
私は大のJazz好きで東京都の社会人アマチュアバンドで30年間Tpを吹いております。
昨今、プロのJazz活動は厳しいものがありますが、アマチュアは不況にもめげず、おおいにがんばっております。リストラされても
Jazzは辞めないアマチュアプレーヤーが大部分でしょう。
今後とも楽しませていただければ幸いです。 素敵な司会ありがとうございました。