3月 3日収録 FM4月 7日(日)放送 

松本英彦メモリアル 4テナーセッション

川嶋哲郎(ts) 小池 修(ts) 岡崎正則(ts) 佐藤 汎(ts)
北島直樹(p) 坂井紅介(bs) 平山恵勇(dr)


小川 平山恵勇(dr) 川嶋哲郎(ts) 小池 修(ts) 佐藤 汎(ts)
北島直樹(p) 岡崎正則(ts) 坂井紅介(bs)

スリーピーさんの愛称で親しまれた日本を代表するテナー奏者・松本英彦さんが亡くなられて丸2年。その三回忌に これからの日本ジャズ界を背負っていく中堅・若手のテナー4人+リズムセクションの7名が集って、スリーピーさんを彷彿とさせる演奏を繰り広げてくれました。

演奏曲目:
M1.マイ・ブルー・ヘブン(ウォルター・ドナルドソン)4ts
M2.ダニー・ボーイ(アイルランド民謡から)4ts
M3.りんご追分(米山正男)4ts
M4.ジャイアント・ステップ(ジョン・コルトレーン)小池、川嶋
M5.スターダスト(ホーギー・カーマイケル)小池
M6.「ひまわり」のテーマ「Loss of Love」(ヘンリー・マンシーニ)北島pソロ
M7.シャロット・ファームズ(松本英彦)p+川嶋デュオ
M8.オルフェのサンバ(アントニオ・カルロス・ジョビン)4ts
ソロの部分は松本英彦さんのアドリブ。フレーズをそのままに、、どうぞ
アンコール:ミスターP.C.(ジョン・コルトレーン)4ts

 
川嶋哲郎(ts)
1966年8月9日 富山県生まれ。6才からピアノを、12才でトランペット、高校のブラスバンドでサックスに転向、岡山理
科大学時代、ジャズの演奏をはじめる。
名古屋でサラリーマン生活を送っていたとき、原朋直と大坂昌彦に出逢い、プロ入り。
93年7月から彼らのクインテットに参加、その後 日野皓正グループにも参加、97年大西順子のプロジェクト「ジャズ・ワー
クショップ」による”ザ・サクステッド””パンドラ”にも参加。レコーディングでは大坂&原クインテットはじめ、五十嵐一
生、綾戸智絵、松岡直也などの新作で素晴らしい演奏を披露している。99年2月26日、初のリーダーアルバム「エターナル・
アフェクション」発表。以後、意欲的にアルバムを制作し続けている。
SJ誌の人気投票テナーサックス部門で連続第1位。
松本と共演でCD(キングレコード)を発表。現在 松本英彦を分析して理解。

 
小池 修(ts)
1959年7月8日広島生まれ 15歳でプロとしてステージに立つ。
78年上京、松本英彦氏に師事。その後、日野皓正グループなどを経て、スタジオ.ミュージシャンとして活動し、参加アルバムは2000枚を越える。またアレンジャー、コンポーザーとしても数多くのアルバム、CMなどに曲を提供。東京アンサンブル.ラボ、日野皓正(tp)、渡辺貞夫(as)のグループで活動、最近ではSING LIKE TALKING、岩崎宏美、山本潤子などのツアーに参加。96年には自己の「小池修バンド」も活動開始。97年5月には、SOURCEの1stアルバム「SOURCE」をリリース。97年VALISに参加。現在はSOURCE、SOLID BRASS、VALISなどで活躍する一方、セッション・プレイヤーとしても、杏里、SING LIKE TALKING、Misia、郷ひろみ、古内東子などと共演している。また99年には初リーダー作『INSIDE』をリリースしている。現在日本で、最も忙し いサックス奏者のひとり。
18才から松本英彦に師事、松本の独学の実践的な音楽理論を学ぶ。ラブリー・ジャズ・ミュージック・スクール初期の優秀な生徒。

 
岡崎正則(ts)
1973年2月17日生まれ。東京都江東区出身。高校時代、吹奏楽部に所属し、クラリネットを演奏する。法政大学入学を期に、テナーサックスに転向、法政大学ニューオレンジスウィングOrch.でJAZZと出会う。卒業後、バークリー音楽大学の奨学金を得て留学。在学時、ジョージ・ガゾーン、ビル・ピアース両 氏に師事し、1998年5月卒業。在学中にボストン周辺で演奏活動を行い、ジョシュア・レッドマン(ts)、クリスチャン・マクブライド(b)、ダーレン・バレット(tp)等と共演。帰国後、大坂昌彦グループ(ds)や塩田のりひでグループ(b)、また実兄である岡崎好朗(tp)との岡崎ブラザーズなどで活躍中。

  
佐藤 汎(ts)
1973.9.14 静岡県出身。
母、叔父共オペラ歌手。中学時代、ブラスバンドでサックスを始める。
西尾健一(tp)グループでプロ活動に入り、その後広木光一(g)、本田珠也(ds)、臼庭 潤(ts)等と活動。現在はDELTAに力点を置きつつ、イエローカード・オーケストラや、古沢良次郎(ds)にも参加。99年、横浜プロムナードにて受賞。

 
北島直樹(p)
松本英彦カルテットでつき合いが長く女房役を務める。
「プロはどんな曲、音楽も理解して演奏するべき」との松本の精神を受け継ぎ、現在はアレンジでも幅広く活躍。
「想い出をそのままに」ピアニスト/アレンジャーとして評価の高い北島直樹のリーダー・アルバム。気持ち良くジャズを楽しみたい人に超オススメ。
優しく心なごませる美しいタッチのピアノに、曲によってバイオリン、ハーモニカ、アコーディオン、パーカッションが加わり変化にも富んでいる。日曜の朝に清々しい気分で聴けるジャズと評判の一枚。

 
坂井紅介(bs)
松本とは 日野元彦(dr)、コルゲン(p)と共にツアーを廻った仲。

 
平山恵勇(dr)
4ビートから新しいリズムまで幅広い 松本の信頼を得ていたドラマー
「平山くんのプレイは複雑で面白い」と松本さんは楽しんで演奏していたそうです。

2年前の新聞から2000.02.29
 ■
松本英彦氏が死去 73歳
スリーピーの愛称で親しまれ、日本を代表するジャズサックス奏者である松本英彦(まつもと・ひでひこ)さんが二十九日午前十時三十三分、多臓器不全のため東京都多摩市の多摩南部地域病院で死去した。七十三歳。岡山県出身。自宅は東京都多摩市桜ケ丘一ノ五九ノ一二。
通夜は三日午後六時から、葬儀・告別式は四日午前十一時半から東京都多摩市東寺方二七七、観蔵院瑠璃光会館で。喪主は妻、佳子(よしこ)さん。

 松本さんは、昭和二十四年にCBナインというバンドに参加し、新しい感覚の演奏で一躍頭角を現した。二十八年にドラム奏者のジョージ川口さん、ピアノ奏者の中村八大さんらと四人組の「ビッグ・フォー」を結成し、今でいうアイドルグループ並みの人気を博した。目を閉じて楽器を吹く姿が、眠っているようだということでつけられた愛称がスリーピー。

 三十八年に米国の由緒あるジャズフェスティバルに参加して実力を世界に示した。研究熱心で、常に新しい演奏法に挑戦するなど日本を代表するジャズ演奏家の一人だった。平成九年に肺がんの手術を受けた後、意識障害に。翌十年から大阪市内の病院で音楽運動療法を受けていた。

 芸術祭賞大賞(昭和五十四年)、芸術選奨文部大臣賞(六十三年)、紫綬褒章(平成三年)など受賞多数。代表作は「海の誘い」(昭和五十三年)など。

 ジョージ川口さんの話 「昨日から危篤だと聞いており、今日お見舞いに行く予定だった。『ビッグ・フォー』としていいコンビを組んでいたので、非常に寂しく残念。最初に中村八大、そして松本と仲間が一人減り二人減ってしまった。日本のジャズ界を私と彼で引っ張ってきたようなもので、スリーピーの愛称は米国まで響き渡った」

小川から:亡き人を偲ぶ気持ちは皆にあると思いますが、今回のセッションは やはり、松本未亡人の佳子さんの熱い想いに 若手演奏家達が応える形で実現しました。
メンバーの皆さん、実に真摯に取り組んでいました。 そう、何曲かは スリーピーさんのインプロビゼーション・フレーズをすべて譜面に起こして4つのパートに分けて、、と気の遠くなるような作業もいとわずにおこなった小池さん川嶋さんに拍手。一人一人の胸にそれぞれ浮かび上がるスリーピーさんの面影。それを心の糧に 益々燃えて ジャズに取り組む彼らの意気込みに 未来の日本ジャズ界は明るい展望を見た思いの505スタジオでした。


●リッキーさん 題名:松本英彦メモリアル
『松本英彦メモリアル』行ってまいりました。川嶋さん、小池さんを中心に、松本英彦さんの得意とする数々の曲を演奏してくださいました。なかでも、松本さんのアドリブ・ソロを全員で演奏している姿は圧巻でした!!ほんとうに松本さんはみんなから尊敬されていたんですねぇ。
アンコール曲の「Mr. PC」もまたすごかった!!特に、ここまでの演奏ではちょっとおとなしめだった佐藤汎さんが、川嶋さんにあおられてはじけまくっていたのが最高でした。お互いに「これでもか!!」とばかりに「ブギョ〜」とフラジオを競いあっていました。

松本英彦という、偉大なミュージシャンが亡くなってしまったのは本当に悲しいけれど、今回のような演奏を聴くと、日本のジャズもまだまだ大丈夫!!って感じですよね。たとえ演奏のスタイルは違っていたとしても、確実にその『心』は受け継がれています!!

「松本英彦さん、安心していつもの笑顔で見守っていてくださいね」と思うような、ホットな演奏でした。