YAJIKITA ON THE ROAD岐阜 姫街道  Part 1
2002年10月 第3回

江戸と京都を結ぶ、2つの幹線道路「東海道」「中山道」
「東海道」を“常に潮風を感じる、平坦な青い海沿いの道”と例えるのなら、
「中山道」は“葉の香りが漂う、険しい緑の山の道”…。今回は、この裏ルートともいえる「中山道」にスポットを当てます

「中山道」…、どんなルートで通っているのか、ご存知?

東京の日本橋を北に進み、武州・埼玉の浦和、大宮、熊谷、上州・群馬の高崎、安中を通り、
横川・軽井沢の碓氷峠を越えて長野県へ、下諏訪、塩尻、妻籠(つまご)と信濃・木曽を通って、

岐阜県・美濃へ入ります。中津川、太田、赤坂から関ケ原を越えて、滋賀県・近江へ。
大津からは「東海道」と合流して京都の三条へ入るという、

まさに日本の中心を貫く、全長544キロの、長〜い、長〜い、街道。
   
★この「中山道」は、元々、奈良平安時代にできた「東山道(とうさんどう)」が原型
1600年に起こった「関ケ原の合戦」後、徳川家康によって整備されました
そして1602年、家康は「中山道」に宿駅制度を制定。
江戸と京都を結ぶ、重要な幹線道路として、69の宿場町とともに、発展し続けたのです

そんな当時の様子を、後の1842年頃、歌川広重渓斎英泉(けいさい・えいせん)という2人の浮世絵師が、絵にしています。 それが、『木曽街道六拾九次』二人の絵師による共同作品なんですね。

広重は、あの『東海道五拾三次』の絵で有名ですよねぇ…。
もう一人の英泉も、美人画の浮世絵では、かなり名の有る方です。
彼らの絵を見ていると、当時は人の往来が、如何に多かったのかが伺えます。

★そんな「中山道」に宿駅制度ができた1602年から、今年はちょうど400年!
そこで、「中山道」400年に関するイベントが、各地でたくさん行なわれています。
岐阜県美濃路の各市町村では、11月30日まで、
「姫街道400年祭」というイベントを開催。


「中山道」全てを旅するわけには行かないので、今回の旅は、この美濃路を中心に歩いてみる事にしました。


ところで、このイベントタイトルにもなっている“姫街道”…。
もちろん「中山道」のことですが、どうして、こんな風に呼ばれていると思いますか?
これには、ちょっと切ないストーリーが、、、

 時は、江戸時代の末、1861年の10月20日。
それは、それは、長い行列が、京都を、しずしずと出発して行きました。皇女和宮の下向(げこう)です。
皇女和宮は、明治天皇の前の天皇だった、孝明天皇の妹君。
当時、ペリーの黒船来航によって権威を失いつつあった江戸幕府は、
京都の朝廷の力を借りて、外国の脅威に立ち向かっていこうという、
「公武一和」政策を立ち上げました。 その政策の象徴として、
第14代将軍・徳川家茂(いえもち)が朝廷から迎え入れたのが、皇女和宮、その人だったのです。
彼女は、すでに有栖川宮(ありすがわのみや)という婚約者がありながら、時代の流れに翻弄。
最後は自らの意志で、泣く泣く江戸に向かったのでした。
15歳、身長143センチのか細い彼女が、幕府と朝廷の権威を一身に背負って、「中山道」を下向する…。
道中、彼女は何を想い、旅を続けたのでしょうか?
5年後に、夫の家茂が急死。 7年後には江戸幕府が崩壊…。きっと、江戸での生活は、試練ともいえる日々が続いたことでしょう…。いつしか人々は、そんな彼女の悲しい人生を想い、「中山道」を“姫街道”と呼ぶようになったのです。


あぁ せつない。。。でも、行列の和の宮さまを なにもキツネの姿で描かなくっても。。。
(細久手宿で見つけた看板より)

今回は、今の岐阜県・美濃路を中心に歩くということで、今の大垣にあたる「赤坂宿」からこのお嫁入りの時と同じように、江戸の方向へ向かって旅をしていきたいと思います。
     
★この辺りは、揖斐川(いびがわ)の支流、杭瀬川(くいせがわ)が流れています。
その杭瀬川は、伊勢湾とつながっているので、江戸時代には、こんな内陸にありながら、港町として栄えていました。
明治時代までは、石灰や石炭、大理石、米、炭などを積んだ船が、頻繁に出入りしていたようです。
今では、その港は「赤坂港公園」として整備されて、当時の面影を残しています。


     
旅の前に、ちょこっと腹ごしらえということで、歴史あるおせんべい屋さんを訪ねました。(もう、食べるんかい!!)
実は、“中山道・姫街道”は、“菓子街道”といっても過言ではない位、有名なお菓子がいろいろとあるのねぇ

★私が訪れたのは、赤坂宿の中心地にある「田中屋せんべい総本家」


1859年の創業から、150年近く、今も変わらず手焼きで丁寧に
「みそ入大垣せんべい」を焼いているお店なんです 若女将さんと一緒に


見て!この艶
とにかく固い!そこが美味しいんだなぁ〜♪
丸まんまでも充分固いのに 二つ折り、四つ折り、、なんてかぷついた日にゃぁ、、、
歯に自信のあるかたのみ挑戦しましょう!
でも、赤ちゃんの歯がために買っていくかたも多いんですって


店の前では こうしておじさんが1枚1枚手焼きしている様子が見られます


今の大垣にあたる「赤坂宿」を立って、皇女和宮様の様に、東に進み そして、「河渡(ごうど)宿」までやってきました。
現在でいう穂積町。 長良川を越えれば岐阜市です。

★この「河渡宿」は、長良川の右岸に開かれた宿場町で、河原に2箇所の船着場がありました。
昔は、橋が掛かっていなかったので、旅人は、ここで舟に乗って、向こう岸まで渡ったのです。
その為に発展したのが、「河渡宿」。
規模こそ小さな宿場町だったんですが、長良川の氾濫による川止めで、旅人が先に進めなくなる事がよくありました。
なので、多くの人が泊まれるように、24軒もの旅籠屋があったそうです。
しかし今では、長良川の護岸工事などによって、「河渡宿」の面影は、ほとんど残っていません。


長良川といえば、鵜飼いですねぇ。『木曽街道六拾九次』でも
その様子が 描かれています。

 ★でも、すごいものを発見してしまいました!!
 「小紅(おべに)の渡し」という、現在でも運航されている裏街道の渡し船。
今となっては、渡し舟自体が珍しいのに、なんとこの「小紅(おべに)の渡し」は、
「県道文殊茶屋新田線(もんじゅちゃやしんでんせん)」という、
れっきとした、県道の一部だったんです。舟の県道…、想像つきますか?

川を渡っていると、遠くに見える金華山が水面に映って、とっても綺麗なんですよ〜。

続いては、長良川を渡って、今の岐阜市・加納宿を目指します!!

「『姫街道400年祭イメージソング』に歌詞を付けてみよう」!!
この「姫街道400年祭」には、「美濃の子守唄」というイメージソングがあって、神野美伽さんが歌っています。
そこで、この曲に、あなたならではの歌詞をつけて、替え歌をつくってみませんか?という企画。
中山道の風景や情景を思い浮かべながら、それをメロディーに乗せて、歌詞を作って、
11月30日までに、「姫街道400年祭」の実行委員会まで送ってください。
最優秀作品に選ばれれば、賞金30万円も貰えちゃうよん♪

閑話休題。

旅は「モーティバル2002 世界一くるまの王国フェスタ」が行なわれる、岐阜市・加納宿を後にして、いよいよ東濃へと入ってきました。東濃といえば、多治見・土岐・瑞浪などで古くから作られている、“美濃焼”のふるさと
姫街道と共に歴史を歩んできた“美濃焼”に会いたいと思った私は、姫街道からは、ちょこっと外れた、多治見まで来てしまいました。
多治見市内 「セラミックパークMINO」 

岐阜県は日本の中央部に位置し、古来から交通交易の要衝として、東西文化の接点で あったことから、多様な文化遺産や伝統産業が残されています。岐阜県東濃地域の陶磁器もその代表であり、その長い歴史を誇ると共に、現在では世界最大級の陶業ブロック を形成しています。岐阜県東濃地域において文化振興と産業支援のために構想されたのが、セラミックパークMINOです。
日本初の試みとして、現代陶芸美術館とメッセ施設(オリベスクエア)からなる、文化と産業の複合施設となっています。
設計は国際的に著名な建築家磯崎 新氏が手がけました。
 


出来たばっかりで たくさんの人で賑わう中、
学芸員の高 満津子さんにお話を伺いながら展示を観てまわりました。


値段は聞くまい、、と思っても 見るからに高価そうな陶器が並んでいて緊張
それにしても 美しいなぁ。。。


これは新進気鋭の作家さんの作品
金属のようですが、これも陶器
かなりの大きさです

10月12日にオープンしたばっかりの、「セラミックパークMINO」。
  美濃焼きなどの焼き物展示は勿論、山懐にいだかれた 建物自体が素晴らしい。なにしろ磯崎 新さんの手によるものですからね。
ここはオリベスクエア(メッセ施設)。県内最大の展示ホールや国際会議場を擁する本格的な多目的スペースです。
岐阜県はもとより、中部地方のあらゆる産業・芸術・文化のコミュニティの中心を目指します。
“陶磁器”という地域の伝統産業から 新しい価値の創造や地域のアイデンティティを情報発信していきます。
文化イベントや民間企業のセールスイベントの他、各種展示会、国際会議、個人・団体の発表会などにも対応します。
後ろに見えるのは茶室です。
申し込めば、使用可能です。また、ここでのウェディングや各種パーティーも出来るようです。是非、訪ねてみてね♪

  (多治見は、中山道沿いからはちょっと外れるんですが、寄り道したいスポットとして紹介してみました。)


焼き物というと、どうしても大人のイメージですよねぇ?
ところが、この多治見には、子供も一緒に楽しめる焼き物のスポットもありました

【こども陶器博物館】

★美濃焼きというと、古いイメージがありますが、
  ドラえもんやアンパンマンなどのキャラクター物の焼き物は、ほとんど この多治見で作っているのです。
  そんな、キャラクター物ばかり作っている工場の敷地内にある 子供陶器博物館 を見学しました。
  (ちっちゃな子がいるファミリーも楽しめるよ。)

姫街道 後編へつづく