YAJIKITA ON THE ROAD 三重県・熊野古道 <1>

【 大曽根公園・展望台 】
今回訪れたのは、三重県です!
古くから「神々の宿る地」として信仰されてきた熊野と伊勢神宮を結ぶ参道を 自然と歴史・そして日本人の精神を感じつつ歩く「熊野古道の旅」

「熊野」という地名は<黄泉の国>を意味します。俗世にまみれた自分を葬って、新しく生まれ変わるため・そして
この地に篭ると言われる神々の魂に触れるため、古くからたくさんの人々が熊野を訪れてきました。
熊野信仰の下にある社は、全国に約3000箇所以上。

*皆さんのご近所にも「熊野神社」があるかもしれませんね。

今回は、その熊野と伊勢神宮を結ぶ参道を歩いてみよう!ということで、JR紀勢線(きせいせん)の紀州長島駅に降り立った私たち、まずは尾鷲(おわせ)市にある「大曽根公園」をお散歩で〜す♪
実はここ、
「世界の椿園」という別名が。
その名の通り、ほんっと〜にたくさんの椿が植えられていました。

【 大曽根公園・尾鷲グリーンクラブ 鈴木さん 】

この大曽根公園は海が見える小高い山の中腹にあります。椿園があるのは、尾鷲市の木でもある「ヒノキ」の林の中。
ヒノキが 陽が当たりすぎるのを防いでくれるんですね
ここに、尾鷲の花は「ヤブツバキ」約2500本あります。
その他に なんと世界中のいろ〜んな椿が ありますのだ
ちなみに、日本の椿が541種、外国産の椿が184種(合計725種)!

  
   花を見つけると すぐ髪に飾りたがる奴      金魚のような形の葉っぱが特徴の 金魚つばき
あ。この椿はポトンと下に落ちていたものです 念のため。。。              

* 一口に「椿」と言っても、こんなに色々あるのね〜
* それぞれ品種ごとに名前を書いた立て札が・・・
* 変わった名前を探してみるのも楽しいかも
        
これだけたくさんの品種が植えられているので
花も一斉に咲く、というのではなく、9月ごろから5月上旬まで次々と咲いていきます。いつでも何か咲いてるのが観られる♪

春の訪れを感じつつ、いよいよ熊野の参詣道へ!

【 熊野古道 馬越(まごせ)峠 】

熊野古道は、熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)に参拝する人々が通る道。
平安時代から、上皇・貴族だけでなく庶民まで、多くの人が訪れていました。
その賑わいの様子は「蟻の熊野詣(ありのくまのもうで)」といわれるほどだったとか。

*そういえば熊野古道入り口の看板にはアリさんマークが・・・

熊野へ入るルートは大きく分けて3つ。
大阪の天満橋を起点とする「紀伊路(きいじ)」
京都・奈良から吉野を越えて行く「大峰越え(おおみねごえ)」
そして伊勢と熊野を結ぶ海岸沿いの「伊勢路」です。
今回私が(一部分を)歩いたのは、この「伊勢路」

まずは、この伊勢路で今でも一番人気があるといわれる「馬越峠」を歩くことにしました。

 この石畳は、雨による土砂崩れなどで、道がふさがってしまわないように江戸時代に作られたと言われています。
ここ馬越峠では、およそ2キロの道のりに石畳がほぼ当時のまま遺されていました。
石畳の道幅は、紀州藩の駕籠(かご)の大きさに合わせて、約2.7メートルほど。
峠を下ってきただけでも結構太ももがプルってきてましたが
これを登ったり、ましてや人が乗った駕籠を担いで登るのはかなり大変だったのでは・・・。

*江戸時代に熊野詣をした人々と同じ道を歩いたってことですね
*檜林の中、いくつも小さなせせらぎがありました 美しい水が流れていますが 岩がごつごつ


昔の旅人も小川の水で喉を潤したり、木漏れ日の間で一息ついたりしたんでしょうね
       
道端にあった夜泣き地蔵尊  明治までは旅人の無事を祈る石地蔵があったようですが盗難にあい、今は石が祭られています。
これが子供の夜泣き封じを祈って「夜泣き地蔵」と 呼ばれるようになりました 

   
ずっと下り路をおりてきたので ここがゴール
通常は ここが入り口ね。次回は登り道に挑戦したい、、、な。
ガイドしてくださった「語り部」のかたと

つづいて 紀州の名産品を訪ねてお邪魔したのは、
紀州が発祥の地といわれる、ウバメカシから作る炭
「備長炭」を焼いている工房。
こちらで炭焼きをなさっている津村さん親子にお話を伺ってみました。

【 備長炭工房 津村衛さん 】【 津村寿晴(としはる)さん 】

 
15年前に 脱サラをして炭焼きを始めたという父の背中を見て育った息子は 誇りをもって炭焼きに取り組んでいらっしゃいます。爽やかな笑顔に魅せられました。1歳半になるお孫さんも喜んで炭焼きのお手伝いの真似をするとか。
後継者にも ちゃんと恵まれてますねぇ。。!

次に向かったのは、馬越峠の登り口付近を流れる銚子川。ここの川沿いには、子供も大人も楽しめるレジャースポット
「キャンプinn海山(みやま)」があります。

この「キャンプinn海山」は、オートキャンプ場と宿泊用のコテージが完備されていて カヌー遊びにサイクリング、フィッシングや海鮮バーベキューなど アウトドアレジャーを満喫できる場所。
 施設が充実していたこともさることながら、なにより私が驚いたのは 銚子川の水がキレイなこと。
 お銚子一杯の水でも水位が上がってしまうから・・・というのが「銚子川」の名前の由来ではないかと、ここのスタッフの方はおっしゃっていましたが 水の中では50m先で潜っている人の顔が見えて、5m下に落としてしまったダイバーズウオッチを川面から見つけることができる・・・こんなエピソードを持つほど澄んだ川、なかなか出会えないよね!


さて、もう少し熊野古道を散策してみましょう〜。
【 花の窟(いわや) 】

ずっと一本道だった伊勢路が、熊野本宮大社へ続く「本宮道」と速玉大社へ向かう「浜街道」とに分かれるのが、
ここ「花の窟」
熊野市の国道沿いにある、高さ70mもの巨大な岩の塊。
それ自体が御神体とされている日本最古の神社・花の窟には、どんな伝説があるのでしょうか。
熊野市観光交流課の三石(みついし)さんにお話を伺いました。

 
ここがご本尊の窟        熊野市観光交流課 三石さん

『日本書紀』には、その昔、イザナミノミコトが火の神・カグツチノミコトを生んだときに 自らも火に焼かれて亡くなったと記されています。そのイザナミノミコトのお墓とされているのが、この「花の窟」。

神代の昔より 花を供えて祭るので「花の窟(いわや)」と言います

窟の頂上から掛け渡している「お綱」は 神と人とをつなし 神の恵を授けてくれる綱だとか。
春祭は2月2日 秋祭は10月2日      ↓この綱に お花が祭られます

<黄泉の国への入り口>とされる熊野、さらに山や滝、岩などの自然のものに神が宿るとされる原始的信仰をここにも見る事ができます。

【 獅子巌(ししいわ) 】

 
ほら!岩が ライオンの顔に見えるでしょ?



YAJIKITA
ON THE ROAD 三重県・熊野古道 <2>

【 楯ヶ崎 船出 】

今週お送りするのは、三重県・熊野古道を歩く旅・Part2〜!
平安時代から熊野詣をする人々が何日もかけて歩いた道、そしてその周辺のいろ〜んなスポットを訪ねます。

まず海から熊野の歴史を見ていきたいと思います。

『日本書紀』によれば、楯ヶ崎は熊野市の楯ヶ崎は 初代天皇として即位した神武天皇が、大和制圧のための東征を行ったときに上陸した場所。

二木島(にぎしま)の港から出る会場観光遊覧は、約1時間で1人2000円。
海岸沿いのハイキングコースからも行くことはできますが、この眺めは海側からじゃないと見ることはできません!

 

* 海から眺めるリアス式海岸は大迫力!
柱状摂理の岩肌は、自然の壮大さを感じます
* まさに自然の芸術品ですね

神武天皇が上陸したその同じ場所に、小川もこも上陸してみました。。。気持ち良かったぁ〜〜〜♪

【 天女座 】
シンセサイザー奏者の矢吹紫帆(やぶき・しほ)さんと音楽家の矢中鷹光(やなか・たかみつ)さんです。
今回、私は、この熊野という土地に魅せられて、京都から熊野に移り住んだご夫婦と出会いました。


お二人は、2000年の6月から熊野に移住。現在は熊野の魅力を多くの人に伝えるため、熊野市に「海の見える音楽ホール」天女座をオープン。ここで熊野古道のフィルムを上映しながらシンセサイザーや 独自の琵琶のような楽器で 素晴らしい音楽を聴かせてくるのです。
日本各地でもミニコンサートを行っています。

 

さぁ、再び山の中に入って熊野の参詣道を歩くぞ〜〜!

紀伊山地の霊場と参詣道(三重・奈良・和歌山)は、平成13年にユネスコの世界遺産暫定リストに記され、
来年 平成16年の6に世界遺産として正式に登録される予定になっています。

熊野は、古代から自然崇拝に根ざした神道や、中国から伝わった仏教などさまざまな思想や信仰がはぐくまれてきた場所であり、その熊野に至る道・熊野古道は、広い範囲にわたって昔のままの自然や遺跡が数多く遺されている優れた場所として、世界遺産の候補となっているんですね。

伊勢から熊野へとつづく熊野古道「伊勢路」
今日は熊野本宮大社へ至る
「本宮道」を、語り部の谷口さんと共に歩いてみました。


あ〜るけ 歩け 杉や檜にかこまれて木漏れ日に森林浴を楽しみながら
深呼吸が気持ちイイ〜♪

【 横垣峠 入り口 〜 道歩き(横垣峠まで 】


横垣地蔵(水壺地蔵ともいう)は、旅の疲れを癒すにはかっこうの場所
地蔵の横には 湧き水が出ています。
弘法大師がここを通り 喉が渇いたので杖でついたので湧きでた水だとか。

横垣地蔵は新旧二体あります。新地蔵と石灯籠には 嘉永三戌十二(1850)
大坂佐藤屋宗七が建立したと刻まれています。

大坂の大工宗七さん。職を求めて熊野に来たものの仕事が見つからず、
この横垣地蔵で寝込んでしまったそうな。その夢枕に地蔵さまが現れ、
「この下の集落に行くと仕事があるぞよ」と告げられました。
早速 神木集落に下りてみると はたして仕事があり、その後大繁盛したので、
その御礼にと 地蔵と石灯籠を献納しましたとさ。。。。めでたし めでたし


その昔の溶岩で作られた敷石 ほうらよく見ると「流紋岩」です。美しいのです


ここにもお地蔵さまが 実は土砂くずれで長らく埋まっていたのを
掘り起こして登場したのです。ご無事でなによりでした。。。



標高305m、道のり約2kmの横垣峠越え
ぜ〜〜んぜん平気だもんね の えっへんポーズ
神戸の取材の時 買い求めた(あの日本一短い国道を走るために!)シューズの調子がことのほか良くって
どこへでも 羽根が生えたように 歩いていけるんだな
旅に 靴は大事な要素です 
間違ってもディレクターのように(下の写真参照) 革靴で参加しないように。。。

横垣峠を越えて辿り着いたのは、阪本という集落。
ここは、
「紀州犬」の故郷・発祥の地なんです。
現在では、純粋種の紀州犬が少なくなっているそうですが、ここ阪本に「生粋の紀州犬」を育てている方がいらっしゃいました。
【 紀州犬 〜 亀田さんのお話 】

 
純血の紀州犬 その名も「レオ」くん まぁ可愛い♪ 成犬一歩手前の少年です
紀州犬は獰猛で猟犬に向く、、と聞いたお話のわりに ほんとに人なつこい。
氏家Dの足にからみついて よだれベロンベロンで甘えておりまする♪

阪本さんちに行く途中に こんもりとした岩の上 何故か石灯籠がありました。
なんでだろう〜なんでだろう〜♪と 裏にまわってみたら、あ〜ら 由緒正しきものでした。
 

【 トロッコ 〜 乗車前 】
私たちは、紀和町にある温泉・入鹿(いるか)温泉瀞流荘(せいりゅうそう)に到着〜。
ここから、湯元の湯ノ口温泉とをつなぐトロッコ列車に乗りましたー。
まるで 遊園地の子供が乗るような 小さな小さな可愛いトロッコ電車 客車は身をかがめて やっと乗り込みます

【 トロッコ 〜 乗車中 】
* 乗車時間は約10分
* 片道 おとな100円 こども50円
今回、私たちが乗ったトロッコ列車を運転してくださった大嶋さんにお話を伺いました。

【 トロッコ 運転士 ・ 大嶋さん 】

かわいいトロッコ列車で思わず童心にかえってしまうことうけあい。


【 丸山千枚田 】
続いて同じく紀和町の、「丸山千枚田」と呼ばれる大規模な棚田を見学しました。


* ピークの1601年ごろには2200以上の田んぼがありました。
* 秀吉の時代、太閤検地で農民が納めなければならない米が増えたため、1粒でもたくさんのお米を収穫したいという思いで山の斜面を利用してこんな棚田を作ったんですね・・・(T T)
* 一時期550にまで減った田んぼですが、現在は1340枚までふっかーつ。

* 私たちもそんな千枚田のオーナーになれちゃう制度があります。
一口(面積約100平方メートル) 3万円で、農作業を体験できたり、収穫したお米15kgが頂けるとのこと。
* あと30口ほど余裕があるそうなので、興味のある方は
紀和町役場産業建設課農林係 05979−7−1116 まで問い合わせてみてください。

 
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